僕の世界は突然真っ暗になりました。

入院先の医師からは数日で視力は回復すると伝えられましたが、何日経っても回復しませんでした。

不安と絶望の中、僕は退院しました。

©Haruo.Wanibe/JBFA

 

家に帰っても恐怖のあまり一歩も外に出られませんでした。

そんな自分を見られたくない、そんな思いから多くの友人たちの連絡先を消し、どんどん孤独な世界に入り込んでいきました。

 

それでも少しずつ生活に慣れ、僕はブラインドサッカーを始めました。

そこで新たな交友関係ができましたが、昔の友人とは連絡を取る勇気はなく、時間だけが過ぎていきました。

いつしか日本代表にも選ばれ、国際試合にでるようになった頃、僕から連絡を絶ってしまった友人から応援の言葉をもらいました。

後から、僕が試合に出る前からみんな応援してくれていたことを聞きました。

 

これまでも家族や新しくできた友人には助けられてきました。

学生時代の友人とも向き合えたことで、昨年のパリ2024パラリンピック競技大会は自分の全てを出せました。

 

正直、悔しい結果に終わりましたが、今はロス2028パラリンピック競技大会を目指しています。

多くの方々に支えられて、今サッカーができています。

そして、自分には素晴らしい友人が沢山いることに胸を張りたいと思います。

これからもこの関係を大切にし、応援を力にかえて頑張りたいと思います。